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野球の歴史

日本人と野球の出会いと発展

野球の歴史の始まりとして、日本人が初めて野球と出合ったのは1872年で、現在の東京大学で当時は開成学園のアメリカ人教師によって紹介されたといわれています。当時の野球のルールは今とは全く違うもので投手は下投げで、ユニホームなどはなく、裸足で行われていたそうです。1878年に平岡熙によって日本初の野球チーム「新橋アスレチック倶楽部」が作られました。

 野球の歴史の話で見逃せないのが投手の変化球です。一番最初に変化球を投げた人はウィリアム・カミングスという投手でその変化球はカーブであり、当時は初めてみる変化に魔球と言われたそうです。それまで投手の投げる球は全てストレートであったため、当時は変化球を投げることが卑怯とも言われることもあったようです。最近騒がれた変化球はフォークボールでこれもまた魔球と呼ばれました。現在の野球ではメジャーとなり、フォークボールを武器として使う投手もずいぶんと増えました。

プロ野球の主な記録

長い野球の歴史にも一際目に付く輝かしい記録の紹介をします。打者の最高名誉と思われる三冠王は1936年からのプロ野球の歴史の中でも7人しか達成しておりません。中島 治康、野村 克也、王 貞治 (2)、落合 博満(3)、ブーマー 、バース(2)、松中 信彦 の7人です。その中でも落合 博満は3回達成しており、ミスター三冠王といわれております。打者の通算最高記録としては安打記録は張本の3085本、本塁打は王の868本となっています。投手部門では勝利数は金田の400勝、防御率は藤本の1.90が最高記録です。投手部門は昔と現代では登板間隔に大きな違いがあり、この驚異的な通算勝利数はもうぬりかえられることはないと思われます。それどころか通算200勝出来るのは中日の山本昌が最後とも言われています。。

これからのプロ野球

今の時代はプロ野球で活躍できた選手は大リーグにいくといった流れができてきています。これは悪いことではないと思いますが、なぜそういった流れが出来るのでしょう。大リーグのほうがレベルが高い、年俸も格段に高いといったこともあるだろうと思います。今まで日本のプロ野球で活躍した数々の選手が大リーグに挑戦していますが、一流として活躍できたのは野茂とイチロー、松井、斉藤ぐらいでしょう。記録だけ見ればメジャーリーグも方がレベルは高いと思われます。ですが逆にメジャーの一流選手が日本でプレーしたらどうでしょう。日米野球とは違い研究され、思うような成績を残すことは出来ないように思います。この様に私の中では、日本の野球とメジャーの野球では特徴が違うだけでレベルはならんでいると信じています。10年後、20年後には日本の野球の歴史としてはメジャーに憧れた時代があったな位の流れとなるでしょう。

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